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一期一会の秋田の名湯——雪沢温泉(秋田県大館市)

一期一会の秋田の名湯——雪沢温泉(秋田県大館市)

·1556 文字·4 分

重厚な名湯と意外なる高規格な休息
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秋田県大館市にある、雪沢温泉(ゆきさわおんせん)の『清風荘』(せいふうそう)という宿に宿泊した。この宿での滞在は、驚きから始まった。 まず圧倒されたのは、その浴室の立派さである。木造建築と石造りが一体となった大浴場は、歴史の重みと堅牢な美しさを兼ね備え、まさに「名湯」の名にふさわしい重厚感を放っていた。

さらに意外だったのは、案内された客室の快適さである。リーズナブルな宿泊価格からは想像もつかないほど、室内は大手の最新ビジネスホテルのように清潔で、設備も整っている。老舗旅館特有の「古さの情緒」を求める向きには綺麗すぎるかもしれないが、長旅の疲れを癒やすにはこれ以上ないほど快適な空間であった。

部屋

しかし、その「ハード面」の素晴らしさとは裏腹に、私の心はどこか落ち着かずにいた。

最終バスの果てに待っていた、旅人の孤独と焦燥
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今回の訪問は、旅の主目的ではなく、ルート上で見つけた宿。公共交通機関のみを頼りにする私にとって、そこは最終バスでようやく辿り着ける、文字通りの「果て」であった。

チェックイン時刻は、夕食開始のギリギリ。そこで思わぬ事態が起きる。「素泊まりですよね」——スタッフのその一言に困惑した。一泊二食付きで予約したはずが、宿側が別の客と取り違えていたのだ。最終バスで到着し、周囲に買い出しに行ける店もない。食事が提供されなければ、この夜は飢えと格闘することになる。

予約画面を提示し、押し問答の末にようやく権利は認められたものの、そのやり取りで食事受付の終了時刻を数分過ぎてしまった。急ぎ向かった食事会場で、別のスタッフから放たれた「受付は終了しました」という非情な拒絶。これまでの膨大な宿泊経験の中でも初めて直面する、接客の綻びと「疎外感」であった。チェックイン時の押し問答が無ければ確実に間に合っていた。

地元の喧騒と本場のきりたんぽ鍋
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食事会場のスタッフに事情を説明し、ようやく案内された食事会場は、家族連れの宿泊客や、日帰り入浴を楽しむ地元客の活気で溢れていた。一人客は私だけ。賑やかな会話が飛び交う手狭な会場で、先ほどまでの「ひと悶着」の余韻を抱えながら、本場のきりたんぽ鍋と向き合う。

夕食
きりたんぽ鍋

地元の恵みが詰まったその味は、確かに美味しかった。しかし、隣り合う家族の団らんを感じながら、一人黙々と箸を動かす時間は、どこか自分だけがこの空間に馴染めていないような、奇妙な居心地の悪さを伴うものだった。

静寂と困惑の朝食
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翌朝、更なる困惑が待っていた。朝食会場に向かうも、そこには従業員の姿が一人もないのだ。 通常であれば、スタッフが案内するか、あるいは「セルフサービス」を明記した貼り紙があるべきだろう。 しかしこの宿には、そのどちらも存在しなかった。

集まった宿泊客たちは皆一様に戸惑い、暗黙の了解のように自ら飯を盛り、おかずを取る。 食事の内容自体や温泉といった「ハード」は素晴らしいだけに、接客という「ソフト」の欠落がより一層際立つ結果となっていた。

朝食

総括:湯船で自問した「再訪」という名の答え
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地元客で賑わう浴室に戻り、重厚な石の縁に身を預ける。 身体に染み渡る良質な湯に浸かりながら、私は自らに問いかけていた。

「果たして私は、一生のうちにここを再訪することがあるのだろうか」

アクセスは不便を極め、接客には苦い記憶が残った。けれど、お湯は素晴らしく、部屋は快適そのもの。すべてが完璧ではない、けれど無視できない魅力がある。そんな矛盾だらけの体験の中で、私はこの場所との関係を「一期一会」だと確信した。

二度と来ることはないかもしれない。だからこそ、今この瞬間の湯を、この旅の苦さとともに噛みしめる。雪沢の夜は、旅が持つ「ままならなさ」と、それゆえの鮮烈な記憶を私に刻みつけていった。

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