総ヒバ造り「千人風呂」の圧倒的な聖域 #

青森県にある著名な湯治場、酸ヶ湯温泉(すかゆおんせん)を訪問した。この温泉の象徴であるヒバ千人風呂に足を踏み入れた瞬間、まずその圧倒的なスケールと、それ以上に重厚な空気感に息を呑んだ。高い天井を支える太い梁、長年の湯気に燻され黒光りする総ヒバ造りの内装。そこには、物理的な広さを超えた歴史の重みが確かに存在していた。
混浴という形態ではあるが、そこに浮ついた感情は微塵も存在しない。湯船に浸かる人々は皆、圧倒的な空間の力に飲まれているのか、あるいは己の身体と対話しているのか、驚くほど静かである。白濁した湯に身を沈め、立ち込める湯煙の向こうを眺めていると、自分と湯だけが対峙しているような深い没入感に包まれる。ここはレジャーとしての温泉ではなく、心身を癒やすための「湯治場」なのだという事実を、理屈ではなく肌で理解させてくれる場所であった。
館内を満たす「酸っぱい匂い」と湯治体験 #
今回は宿泊という形でこの地に身を置いたが、それは日帰り入浴では得られない「酸ヶ湯の真実」に触れる時間となった。
特筆すべきは、建物全体を支配する温泉の香りである。浴室のみならず、迷路のように入り組んだ木造の廊下を歩いている時も、そして自室で寛いでいる時でさえも、あの独特の「酸っぱい匂い」がどこからともなく漂ってくるのだ。白濁した湯の感触とともに、24時間この香りに包まれて過ごすことで、自らの身体が次第に酸ヶ湯の歴史の一部へと溶け込んでいくような感覚に陥る。この「匂い」こそが、長年多くの人々を癒やしてきた湯治場のアイデンティティそのものであった。
一泊二食の部屋と食事 #
部屋や食事などの宿泊の様子についても触れておこう。わたしは一泊二食付きで宿泊した。部屋の様子は以下写真の通り。部屋は畳敷きで6畳+縁側がある。老舗の湯治場ということもあり、新しさは無いが、古き良き温泉宿といった感じである。わたしが訪問したのは7月であるが、エアコンは特にないため、扇風機が置かれていた。冬はおそらく灯油ファンヒーターが置かれるのであろう。冬の時期は寒そうである。

食事は部屋食ではなく、食堂に集まるタイプ。基本的には湯治場ということもあり、絢爛豪華な食事が出る訳では無い。以下写真の通り、おかずと小鉢が複数付いた、ちょっとした定食という趣である。しかし料理が少なくて小腹がすくようなことは無く、温泉メインで訪問した湯治客としては過不足なく充分である。

また、夕食会場では青森県産の日本酒を利き酒が出来た。左から弘前市産の豊盃(ほうはい)、黒石市産の亀吉(かめきち)、弘前市産のじょっぱりである。

朝食も、メインのおかずの他、温泉たまご・納豆・海苔などのご飯のお供がセットで提供され、朝からご飯が良く進んだ。申し分のない朝食であった。

八甲田の霧に触れ、歴史の険しさを知る道中 #
酸ヶ湯温泉へ至る道のりもま、温泉体験の重要な一部である。新青森駅から無料送迎バスに揺られること一時間。途中で立ち寄る「高原の茶屋」でのトイレ休憩は、観光バスのような穏やかな高揚感を与えてくれるが、八甲田の山道は決して甘くはない。
有名な「八甲田雪中行軍遭難事件」の舞台であるこの地は、盆地状の地形に雲や霧が停滞しやすい特徴を持つ。実際にバスで走行中、晴天から一転、盆地部に入った瞬間に深い霧が視界を奪う場面に何度も遭遇した。窓の外が真っ白に染まる恐怖を体感したことで、かつてこの地で遭難した兵士たちの絶望と、八甲田という山の険しさを肌で感じることとなった。そんな厳しい自然の関所を越えた先に、あの安らぎの湯が待っているのである。
総括:八甲田の熱と記憶 #
酸ヶ湯での滞在は、八甲田の厳しい自然と表裏一体であった。古びた廊下を歩く足音や、部屋まで届く硫黄の香り、そして千人風呂を包む厳粛な静けさ。それらすべてが、酸ヶ湯という唯一無二の湯治場を構成する大切なピースであった。
酸っぱい匂いを纏いながら、霧に包まれた八甲田を想う。時代が移ろいでも変わることのない、重厚なる湯の記憶。酸ヶ湯温泉は、自然の厳しさと温かさを同時に教えてくれる、稀有なる場所であった。