山形県尾花沢市にある銀山温泉(ぎんざんおんせん)。川沿いに重厚な旅館建築の温泉宿が並ぶその光景は、温泉に興味がある人ならば、一度は写真で目にしたことがあると思う。私はそんな、憧れの温泉地に、何か月も前から予約をして、能登屋旅館の宿泊を勝ち得た。その体験記を記す。
なお、同じ山形県にあるあつみ温泉や小野川温泉(おのがわおんせん)も訪問しており、訪問記事はこちらから。
田舎道の果てに現れる、大正ロマンの「異空間」 #
東北の温泉地を巡る際、私は「新幹線駅からバスで1時間以内」という条件を一つの基準にしている。銀山温泉もその例に漏れず、山形新幹線の大石田駅から宿の送迎バスで約40分。乗り継ぎさえスムーズにいけば、関東からの心理的な距離は驚くほど近い。
大石田駅を出発したバスは、しばらくは何てことのない東北ののどかな田舎道を進んでいく。ところが、目的地に近づき銀山温泉の一帯へと足を踏み入れた瞬間、風景は劇的な変貌を遂げる。
川沿いに突如として現れる、重厚な木造多層建築の旅館群。そこには飲食店や土産物屋がひしめき合い、日常から完全に切り離された異様なほどの熱気が漂っている。著名な観光地ゆえに、宿泊客のみならず多くの日帰り客で賑わうその光景は、山あいに忽然と現れた「異界」のようでもある。大正時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えるその街並みは、一歩足を踏み入れただけで、この場所が特別であることを雄弁に物語っていた。
能登屋旅館の真実――高台の解放感と洞窟の静寂 #

登録有形文化財・能登屋旅館。その威風堂々とした外観に期待を膨らませて浴場へ向かうと、意外な一面に驚かされることになる。大浴場や露天風呂そのものは、その外観の規模からすると意外にも小さく、手狭でありふれた印象を受けるかもしれない。

しかし、能登屋の真骨頂は別の場所にあった。旅館から高台へと続く階段を息を切らして昇った先、そこには貸し切り制の「展望露天風呂」が待っている。窓のない東屋の中に湯船だけが置かれたその空間は、圧倒的な解放感に満ちていた。高台の風を浴びながら浸かる熱い湯。これこそが、あの密集した温泉街の中にありながら得られる最高の贅沢であった。なお、銀山温泉の泉質は、ナトリウム―塩化物・硫酸塩泉である。

また、開業当時から「元湯」として存在し続けている「洞窟風呂」も忘れがたい。石造りの重厚な空間に満ちる湿った熱気と、歴史の重み。華やかな温泉街の喧騒から隔絶されたこの穴蔵のような空間で、私は銀山温泉という地が積み重ねてきた歳月の深さに、静かに身を浸した。
宿泊客のみが許される優越の夜景と、尾花沢のスイカ #
夕食後、地元の名産であるスイカがデザートとして振る舞われるという粋な計らいに満足した後、私は夜の街へと繰り出した。
銀山温泉の真の姿は、日帰り客が去り、ガス灯に火が灯る夜にこそ現れる。川沿いに並ぶ木造旅館から漏れる温かな薄明かりが、街路や橋を浴衣で歩く宿泊客たちを照らし出す。その光景は、もはや現実とは思えないほど幻想的な異世界のそれであった。
この景色を、浴衣姿で内側から眺められるのは宿泊客だけの特権だ。慌ただしく帰路につく日帰り客を尻目に、この静謐な夜の一部となっている自分に、ある種の優越感を抱かずにはいられなかった。
総括:心に刻まれた「泊まったことがある」という自信 #
一度でもこの地に泊まったことで、私の心の中には、温泉ファンとして「あの銀山温泉に泊まったことがあるぞ」という、ある種の自信めいたものが芽生えた。
予約の苦労を乗り越えた者だけが味わえる、異空間への没入と宿泊者だけの特別な夜。銀山温泉は、そのすべてが揃って初めて完成する、約束された桃源郷であった。