旅の途上、羽越本線の車窓に導かれて #
あつみ温泉(温海温泉)の訪問は、旅の行程の中で「せっかくなら」と立ち寄った日帰り入浴であった。新潟まで新幹線で向かい、そこから日本海側を特急で北上して青森県へ向かうという長い旅路。その途上、ふと思い立って降り立ったのが山形の名湯・あつみ温泉だった。目的地へ向かう途中の寄り道のはずだったが、そこで出会ったお湯は、私のこれまでの温泉体験に新たな一ページを刻むこととなった。
「かしわや旅館」で出会った、身体を焼き付けるほどの熱い抱擁 #
日帰り入浴に選んだのは、温泉街に静かに佇む『かしわや旅館』。 もともと私は、身体がよく温まる塩化物泉を好んで巡っているが、ここあつみ温泉のお湯は、私の予想を遥かに上回るものだった。
湯船に身を沈めた瞬間、柔らかな肌触りとは裏腹に、熱が驚くほどの速さで身体の深部へと浸透していく。単に温度が高いだけではない、塩化物・硫酸塩泉の成分が濃密に溶け込んだ湯が、血管の一つひとつを拡張させていくような感覚だ。上がった後も汗が引かず、内側からエネルギーが湧き出してくるような力強さを感じた。
飲泉が証明する、混じりっけのない「本物」の鮮度 #
あつみ温泉の特筆すべき点は、飲泉所が設けられており、温泉を身体の内側から取り入れることが出来ることだ。温泉を飲むという行為は、消毒剤などが一切入っていない、新鮮な源泉が絶え間なく注がれていることの何よりの証明である。

飲泉ができるほど鮮度と質に自信がある温泉は、全国を探しても中々ない。コップ一杯の湯を口に含むと、その微かな塩味と独特の風味に、地球のエネルギーを直接分けてもらっているような高揚感がある。外から浸かり、内から飲む。この「全身で源泉を享受する」体験こそ、あつみ温泉が守り続けてきた本物の文化なのだろう。
惜しまれる「アクセスの壁」と、宿泊への未練 #
これほど素晴らしい名湯でありながら、唯一にして最大の難点は、関東からのアクセスの悪さにある。 東北の温泉地には、新幹線駅からバス一本で行けるような、意外にもアクセスが良い場所も多い。しかし、あつみ温泉は新幹線で直接行けるような場所ではない。このアクセスの困難さこそが、惜しむらくはこの地のハードルを上げている。
お湯の良さもさることながら、旅館の方の気さくで親切な対応が、さらに「宿泊したかった」という思いを強くさせた。日本海までわずか2 kmほどという立地から、料理を調べれば目を見張るような海鮮が並ぶ。極上の湯、温かなもてなし、そして美食の予感。それらが揃っていながら、今回は宿の予約が取れず、日帰りで去らねばならないことが心底惜しまれた。
総括:旅の明暗と、消えない熱の記憶 #
実はこの日の夜、あつみ温泉で宿を確保できなかった私は、別の場所で「あまり良い思いのしなかった宿」に泊まることになったという苦い落ちがある。その不満が募るほどに、あつみ温泉で触れた一瞬の心地よさ、人の温かさが、いっそう輝きを増して思い出される。
身体が温まりすぎるほどの、力強い塩化物泉。 次にこの地を訪れるときは、何ヶ月も前から準備をし、あの熱い湯と海の幸、そして人々の温かさにどっぷりと浸かりたい。あつみ温泉は、日帰りという一瞬の接触であっても、その後の旅程すべてを塗り替えてしまうほどのポテンシャルを秘めた場所だった。