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石州瓦の街並みに湧く茶褐色の名湯——温泉津温泉(島根県温泉津町)

サンライズ出雲に乗って出雲市駅に降り立ち、在来線でさらに足を延ばして訪れたのが、今回の目的地「温泉津(ゆのつ)温泉」だ。旅の主目的そのものがこの温泉地であり、筆者にとっては念願の訪問だった。

温泉宿の予約はかなわず、日帰りでの訪問となったが、それでもその魅力は十分に味わうことができた。

世界遺産と赤瓦が織りなす、歴史の残る街並み #

温泉津温泉の第一印象は、街並みの美しさに尽きる。赤い「石州瓦(せきしゅうがわら)」で統一された屋根がずらりと並ぶ光景は圧巻で、ちょっと高台から見渡すと、視界いっぱいに赤瓦の波が広がる。

この瓦は観光用に飾られたものではなく、地域の人々の生活の中に自然と息づいている。古民家も現役で使われており、「文化財として残っている町並み」ではなく、「文化そのものとして機能している町並み」なのだ。

温泉津は、世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」に含まれる一角であり、また国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されている。景観の美しさと歴史的価値が高く評価されているのも納得である。

薬師湯と元湯——二つの湯に浸かる #

筆者が実際に入浴したのは、薬師湯と元湯の二施設。

薬師湯は、レトロな外観の歴史的建物にあり、館内には茶褐色の塩化物泉が注がれた湯船がある。その湯船は、析出物で厚く覆われており、まるで鉱石のような質感をしていた。まさに“本物の温泉”がそこにあった。

温泉の上階には畳の休憩室があり、そこからベランダに出ると、石州瓦の街並みが一望できる。湯で火照った身体を風に当てながら、歴史の残る町を見下ろす時間は、まさに至福のひとときだった。

館内には喫茶スペースも併設されており、歴史的建物の中で食事やお茶を楽しめる点も見逃せない。

一方の元湯は、温泉津温泉の名の由来ともなっている源泉で、まさに温泉地の原点ともいえる場所である。泉質は薬師湯と同じく塩化物泉だが、湯温が非常に高いのが特徴で、一般的な“ぬる湯”の浴槽でも41〜43℃はあるのではないかと思われる。温泉マニアにはたまらない体験となるが、一般の観光客にとってはやや厳しい湯温かもしれない。

歴史と泉質を求める旅人へ #

温泉津温泉の魅力は、温泉だけでは語り尽くせない。町全体が歴史を体現しており、湯に浸かることでその歴史の一部に触れたような感覚がある。

観光としての整備度も程よく、景観が保たれたまま、最低限の快適さは確保されている。ただし、温泉街としての規模は小さく、夜に賑やかさを求めるタイプの旅人には向かない。

アクセスについても、島根県という立地や交通の便の問題から、関東圏など遠方の人には少しハードルが高いかもしれない。それでも、“泉質”や“歴史”を重視する温泉マニアや、街並みフェチには強くおすすめしたい温泉地である。

筆者自身、この温泉地に訪れることを目的に旅の計画を立てたが、結果としてその価値は十分にあったと感じている。温泉津温泉は、“旅そのものが目的”となる、そんな特別な温泉地なのだ。