山奥で出会った本物の湯と静けさ——白骨温泉(長野県松本市)
目次
雪道と偽装問題、印象はマイナスからのスタート #
3月初頭、雪の残る山道を車で抜け、私は白骨温泉へと向かった。まだまだ道路には雪が残り、タイヤがスリップしそうになるたびにヒヤリとする。そんな険しい道のりを経て辿り着いたこの地は、奥飛騨温泉郷を訪れたついでに立ち寄った、いわば「ついでの目的地」だった。
しかし白骨温泉には、個人的に特別な印象があった。一定以上の年齢層であれば、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。かつて全国的に報じられた“温泉偽装問題”。入浴剤を使用していた施設が、本物の乳白色の湯であるかのように装っていたという件である。私の中でもその印象が強く、正直に言えば最初はマイナスからのスタートだった。
白骨温泉には事前情報ほとんどなしで訪問した。勝手に温泉街をイメージしていたが、現地に着いて面食らった。宿が点在しており、通りに立ち並ぶような温泉街は存在しない。歩いてまわれる範囲に日帰り温泉施設も見当たらず、「そもそもどこに入れるのか?」という状況だった。
観光案内所で見つけた一軒宿 #
そこで立ち寄ったのが『白骨温泉観光案内所』。時間は夕方に近く、営業している温泉が限られている中で紹介されたのが『かつらの湯丸永旅館』だった。日帰り入浴が可能な貴重な一軒で、観光案内所での紹介がなければ出会えなかったかもしれない。
小さな宿と、ゆったりとした湯 #
『かつらの湯丸永旅館』は、大型旅館とは違って家族経営に近いこぢんまりとした宿である。とはいえ、決して質素なわけではなく、小規模ながらも上品さと静けさが共存した空間だった。館内には内湯と露天風呂が一つずつあり、露天風呂は混浴。内湯は3〜4人、露天風呂は7〜8人ほどが入れる広さだった。
そして何より印象的だったのが、湯の質である。湯温はぬるすぎず熱すぎず、長く浸かっていられる絶妙な温度。乳白色の湯は、まさに“これぞ白骨温泉”と呼ぶにふさわしい風格を備えていた。湯に浸かるほどに身体がほぐれ、日帰りであることを惜しむ気持ちが湧き上がってきた。
偽装問題を乗り越えて——また来たいと思える湯 #
もともと偽装問題によるマイナスイメージを抱いていたが、実際に訪れて湯に浸かってみると、その印象は一変した。ここまで山奥にあって、質の高い本物の湯が湧いている地で、なぜあのような偽装が必要だったのか。むしろ、誠実に営業している宿が損をする構造こそ問題なのではないかと感じさせられるほどだった。
白骨温泉は、派手さや賑わいを求める人には向かないかもしれない。しかし、静かな環境で、上質な湯に身を委ねたい人にとっては、理想的な地である。『かつらの湯丸永旅館』での入浴は、まさにそのことを教えてくれる体験だった。次回はぜひ泊まりで、じっくりとこの湯を味わいたいと思っている。