メインコンテンツへスキップ
今になお日本の湯治文化を伝える——大沢温泉(岩手県花巻市)

今になお日本の湯治文化を伝える——大沢温泉(岩手県花巻市)

·1546 文字·4 分

湯治場の喧騒さえも旅の彩り——売店横の「生」の風景
#

今回の旅の目的地は、花巻温泉郷の中でも随一の湯治情緒を誇る大沢温泉(おおさわおんせん)。綺麗な旅館部(山水閣)もあるが、本物の空気感に触れるなら断然「自炊部(現・湯治屋)」が良い。案内されたのは売店に近い利便性の高い部屋だったが、そこには現代のホテルでは決して味わえない、湯治場ならではの「洗礼」が待っていた。

部屋のすぐ外を、人々がドタドタと足音を立てて行き交う。プライバシーの境界線が極めて薄い、剥き出しの日常。しかし、私は旅が趣味ということもあり、こうした古い宿の特性を想定して「耳栓」を常に持ち歩いている。耳栓さえあれば、廊下の喧騒もどこか遠くの出来事のように感じられ、湯治場特有の活気として心地よく受け流すことができた。

もし神経質な人が何も持たずに泊まれば、一睡もできなかったかもしれない。だが、この不便さや騒がしさこそが、管理されすぎた都会の宿では得られない、湯治場の「生の姿」なのだ。

川面と一体になる開放感と、旅人のための「温泉セット」
#

大沢温泉には複数の浴場があるが、その象徴とも言えるのが豊沢川に面した混浴大露天風呂「大沢の湯」だ。川のせせらぎが耳元に届くほどの至近距離で、お湯に浸かる。日中に訪れた鉛温泉「白猿の湯」が、高い吹き抜けを見上げる「縦」の神聖な空間だったのに対し、こちらは川の流れに溶け込んでいくような「横」の圧倒的な開放感がある。

入り組んだ館内をハシゴする際、役に立ったのが常に携行している「温泉・銭湯セット(手提げ袋とタオル)」だ。アメニティが有料で、質素を旨とする自炊部において、自分のお気に入りセットを携えて湯船を渡り歩く時間は、何物にも代えがたい自由なひとときであった。

自炊せずとも楽しめる、郷土料理「ひっつみ」の夜
#

「自炊部」という名に、ビギナーはハードルの高さを感じるかもしれない。しかし、大沢温泉の懐の深さは、館内に優れた食事処やはぎを併設している点にある。公共交通機関で訪れる身にとって、本格的な自炊は困難だが、ここには地元の味が用意されている。

食事処やはぎ

夕食はここで、岩手の郷土料理「ひっつみ定食」を注文した。もちもちとした食感のひっつみに、出汁の効いた温かい汁。地酒をゆっくりと呑みながら、湯上がりの火照った体で過ごす夜。使い込まれた調理場から漂う匂いや、自分の布団を持ち込む常連客の姿を眺めながら過ごす時間は、まさに「生活としての温泉」そのものであった。

ひっつみ定食

総括:鉛温泉との「はしご湯」が教える花巻の奥行き
#

今回の滞在は、同じ旅路の中で鉛温泉「藤三旅館」を日帰り利用してから、大沢温泉に泊まるという贅沢な構成をとった。

立って浸かる自噴泉で見知らぬ温泉通と語らい、その足でこの賑やかな湯治屋へ。アメニティを削ぎ落とし、必要なものを自分で持ち込む。そんな合理的なシステムの中に身を置くことで、豪華な旅館では決して得られない「自分自身で旅を組み立てる手応え」を実感した。

耳栓越しに響く川の音を聞きながら、質素な畳の上で眠る。それは、利便性を追求する日常では忘れかけていた、魂を磨くような一夜であった。

個人的には、大沢温泉は湯治宿ビギナーにも向いている宿だと思う。自炊せずとも、食事処があり、また、売店も充実しているため。


アクセス:公共交通機関で巡る秘湯の核心
#

  • 新幹線~花巻駅:秋田新幹線で新花巻駅へ。大谷翔平選手の展示に地元の熱気を感じた後、普通列車で花巻駅へ移動。宮沢賢治も通った「やぶ屋」でのわんこそば体験も欠かせない。
  • バスでの移動:花巻駅から路線バスで鉛温泉、そして大沢温泉へ。宿泊者専用の無料送迎バスも運行されており、車を持たない一人旅でも非常にスムーズにこのディープな世界へ辿り着くことができる。

関連記事