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宮沢賢治の街で出会う至高の足元自噴泉——鉛温泉(岩手県花巻市)

宮沢賢治の街で出会う至高の足元自噴泉——鉛温泉(岩手県花巻市)

··1767 文字·4 分

日本一深い自噴泉の深淵へ
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岩手県花巻の奥座敷、鉛温泉(なまりおんせん)『藤三旅館』(ふじさんりょかん)。ここには、温泉好きなら一度は憧れる日本一深い自噴泉・白猿の湯(しろざるの湯)がある。今回は宿泊ではなく日帰りでの訪問であったが、その扉を開けた瞬間に広がる光景と、足元から湧き出す湯の生命力は、私の温泉観を塗り替えるほど鮮烈なものだった。

なお、同じ花巻温泉郷にある大沢温泉(おおさわおんせん)、岩手県北上市にある夏油温泉(げとうおんせん)の訪問記事はこちらから。

立湯・白猿の湯の衝撃
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看板

鉛温泉最寄りのバスから降り、道中を少し歩くと、鉛温泉 藤三旅館の看板が見えてくる。看板横にはご丁寧に、「日帰り入浴可」の文字が並んでいる。看板に沿って歩き、趣ある建築の藤三旅館が見えてくる。

旅館

玄関口で日帰り入浴の手続きをし、館内の温泉案内に沿って、白猿の湯へ向かった。藤三旅館内には浴場が4つあり、それらすべてが源泉掛け流しだという。その中でも最も有名なのが白猿の湯である。白猿の湯へ足を踏み入れてまず圧倒されたのは、その圧倒的な縦の空間だ。天井は驚くほど高く、重厚な木造建築が剥き出しになった吹き抜けは、まるで古の神社の内部にいるかのような厳かな空気を纏っている。

泉質は、アルカリ性単純泉で、色は無色透明である。白猿の湯で体験したのが、人生初の立湯である。平均的な大人の胸元までくる深さ1.25 mの湯船。そこに直立して浸かる感覚は、全身に心地よい水圧がかかり、これまでのどの温泉とも違う独特の浮遊感をもたらしてくれた。湯船の底に立ち、高い天井を見上げていると、日常の喧騒から切り離された神聖な場所へ迷い込んだような錯覚に陥る。

この湯の真髄は、足元の岩盤から直接お湯が湧き出す足元自噴にある。 湯船の底に意識を集中すると、ポツポツと小さな気泡を伴って、生まれたてのお湯が足元から上がってくるのがわかる。空気に一度も触れることなく届くその熱は、まさに地球の息吹そのものだ。

そんな至福の時間を過ごしていると、横浜から来たという中年男性から、「私は4回もここに来ているんだ」と気さくに声をかけられた。その男性の誇らしげな語り口からは、ここが単なる観光名所ではなく、本物を知る温泉通たちの聖域であることが伝わってくる。自噴泉という自然の恵みと、歴史ある建物。この二つが織りなす磁力が、多くのファンを惹きつけて離さないのだ。

新旧の英雄を巡る花巻のひととき
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この名湯に至る道中も、花巻ならではの魅力に溢れていた。

新幹線を降りた新花巻駅では、地元・花巻東高等学校出身の大谷翔平選手の展示が圧倒的な熱気で出迎えてくれた。現代の英雄が世界で躍動する姿に触れ、旅の気分は一気に高まる。

花巻駅周辺では、もう一人の英雄、宮沢賢治の足跡を辿った。訪れたのは、賢治も通いつめたという名店『やぶ屋総本店』。 賢治が愛した天ぷらそばと三ツ矢サイダーという独特の組み合わせに強く惹かれつつも、やはり岩手名物のわんこそばを体験したいという思いも捨てがたい……。そんな文豪ゆかりの地での嬉しい葛藤の末、今回はわんこそばを選択。こうした食の迷いもまた、一人旅の醍醐味である。

公共交通機関で巡る旅程
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今回の私のルートを記録しておく。鉄道とバスを乗り継ぐことで、少しずつ日常から離れ、秘湯の情緒へと近づいていく過程を楽しむことができる。

  1. 新幹線で新花巻駅へ 東北新幹線で新花巻駅に到着。大谷翔平選手の展示は駅構内にあり、到着後すぐに地元の熱気を感じることができる。
  2. 普通列車で花巻駅へ 釜石線に乗り換え、まずは花巻駅を目指す。名店「やぶ屋」は花巻駅から徒歩圏内にあるため、温泉へ向かう前の昼食スポットとして最適だ。
  3. 花巻駅から路線バスで鉛温泉へ 花巻駅前から岩手県交通の「鉛温泉行」バスに乗車。約30分ほど揺られ、終点の「鉛温泉」バス停で下車すれば、目の前に藤三旅館の風格ある建物が現れる。

宿泊せずとも、この一回きりの入浴にすべてをかける日帰り旅。公共交通機関を駆使して辿り着いたからこそ、あの吹き抜けの下で味わった湯の感触は、より深く私の記憶に刻まれることとなった。

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