ワインと湯と郷土料理を楽しむ温泉地——石和温泉(山梨県笛吹市)
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山梨県笛吹市にある石和温泉(いさわおんせん)。私はこの地を何度も訪れており、日帰りも宿泊も含めて複数の施設を体験している。温泉そのものの魅力はもちろんだが、ワインや郷土料理といった観光資源の豊かさも相まって、毎回異なる表情を見せてくれる。
健康ランドから始まる、気楽で濃密な旅 #
まず挙げたいのは『クア・アンド・ホテル 石和健康ランド』。ここは温泉こそ名乗っておらず、銭湯ではあるが、深夜営業の呑み処や広々とした浴場、そして宿泊施設を兼ね備えた、まさに“遊べる拠点”である。仕事終わりに東京から電車で向かい、ここで一息ついた経験がある。
遅い時間にチェックインし、湯に浸かり、そのまま施設内の居酒屋で一杯。翌日は近隣の本格温泉にハシゴする。健康ランドといえど、石和温泉観光のスタート地点としては非常に優秀だった。
深雪温泉──日帰りから宿泊へと心を掴まれた湯 #
石和温泉内の温泉施設の中で、最も強く記憶に残っているのが『旅館 深雪温泉』だ。最初は日帰りで利用し、湯の素晴らしさに圧倒され、その後改めて宿泊した。湯量豊富な自家源泉を持ち、なんと玄関には「温泉をご自由にお持ち帰りください」と掲げられた蛇口があるほど。
湯船には新鮮な源泉がこれでもかと注がれ、湯面からは常に湯が溢れ出ている。本物の源泉掛け流しとはこのことかと実感する。浴槽の清潔感、オーバーフローする湯の贅沢さ、そしてシャワーまでも温泉──すべてが印象的だった。泉質が特異というより、とにかく“新鮮で清潔な湯”をしみじみと堪能できる場所だ。
ワイン工場で学び、酔い、買い込む #
石和温泉を訪れると、街全体が“ワイン文化”に包まれていることに気づく。実はJR石和温泉駅には、有料でワインを試飲できる専用施設『駅中ワインサーバー』がある。これは観光としてワインを明確に打ち出そうという、鉄道会社としても意図的な取り組みの表れである。
ワインの試飲施設といえば、越後湯沢温泉駅の『ぽんしゅ館』を思い出す方も多いだろう。あの日本酒の自販機試飲体験は観光と駅の融合として非常に成功した例で、石和温泉駅の試みは、まさにその発展形ともいえる。
駅で列車を待つ間に地元ワインを試せるという体験は、単なる移動拠点を超えた“滞在価値”を与えてくれる。駅そのものが観光スポットとなることで、旅の記憶にも残りやすい。
石和温泉の観光的魅力として、私は何より“ワイン”を推したい。温泉街の周囲には複数のワイナリーが点在し、その多くで工場見学と試飲が可能だ。
私が訪れたのは『モンデ酒造』。製法を学びながら、しっかりと試飲。気に入ったワインを何本も購入し、バッグがずっしり重くなったのを覚えている。他にも見学可能な酒造がいくつもあり、ワイナリー巡りだけでも一日が潰れるほどの充実度がある。
郷土料理・ほうとうが刺さる #
石和温泉を語るうえで、山梨の郷土料理「ほうとう」は外せない。私が訪れるたびに必ず立ち寄っているのが、『甲州ほうとう小作 石和駅前通り店』だ。店内は常に賑わっており、おそらく地域でも指折りの人気店だろう。
なかでも「豚肉ほうとう」は絶品である。私は全国あちこちを旅しているが、ここのほうとうは郷土料理の中でも特に好物のひとつだ。普段、食べ物のお土産を買うことは滅多にない私が、このほうとうだけは土産として買って帰った。それほどまでに、心と胃袋をつかまれた一品である。
石和温泉内では、ほうとうの伝統的なスタイルを大切にしながらも、最近では「ラーメンほうとう」などの新しいアレンジメニューにも力を入れている。私はまだ食したことはないが、次回訪問時にはぜひ試してみたいと思っている。どのような形であれ、郷土料理が時代と共に進化し続けていることは、訪れる楽しみの一つでもある。
アクセスの良さと観光地としてのポテンシャル #
石和温泉の重要な特徴として、アクセスの良さも挙げられる。新宿駅から特急で約90分という近さは、首都圏からの観光客にとって非常にありがたい。宿泊はもちろん、日帰り旅行としても十分に成立する距離感だ。
実際、私はこれまでに何度も日帰りで訪れている。正直に言えば、温泉マニアとなるまでは石和温泉の存在を知らなかった。それほど一般的な知名度は高くないのかもしれない。しかしながら、温泉・ワイン・郷土料理(ほうとう)・アクセスの良さと、四拍子が揃っているこの地は、観光地としてのポテンシャルが非常に高いと感じている。
石和温泉は、ただの温泉街ではない。湯に癒され、ワインに酔い、ほうとうで満たされる──そんな多面的な楽しみが重なり合う場所だ。何度でも訪れたくなるその理由は、単に湯があるからではなく、そこで過ごす時間そのものが濃密だからである。