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7つの源泉・5つの足元自噴泉を持つ湯治宿——夏油温泉(岩手県北上市)

7つの源泉・5つの足元自噴泉を持つ湯治宿——夏油温泉(岩手県北上市)

·1533 文字·4 分

消えた路線バスと、冷や汗の送迎バス予約
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北上駅

9月の少し涼やかになった頃、私は東北新幹線で北上駅へと降り立った。目指すは、岩手でも屈指の秘境として知られる名湯元湯夏油だ。

しかし、出発直前に想定外の事態に直面した。かつて通っていた路線バスが、すでに廃止されていたのだ。それに気づいたのは訪問前日の夜。「送迎バスの予約は前日まで」という注意書きを見て、焦って宿に電話をかけた。夜間ということもありなかなか繋がらず、あの時の焦燥感は今も忘れられない。

元湯夏油の送迎バス

幸いにも予約は取れ、当日のバスには一人分を追加する余裕もあったようだが、もしこれが団体や家族連れであれば、旅の計画は破綻していただろう。北上駅から送迎バスに乗り込むと、車内は東北の湯治宿らしく、ご高齢の方々がほとんど。彼らと共に揺られる山道は、日常から切り離されていく儀式のようでもあった。

「刑務所みたい」な第一印象と、湯治場の洗礼
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元湯夏油

ようやく辿り着いた宿の玄関をくぐり、当時のメモに残した言葉がある。「刑務所みたいだ」

年季が入った廊下

元湯夏油の館内、特に廊下は流石に痛みが激しいなと感じた。昭和の空気をそのまま閉じ込めたようなレトロな空間。私は湯治場ならこれくらいがちょうどいいという納得感とともに楽しめたが、正直なところ、潔癖症の人には厳しい環境かもしれない。

部屋

ここで思い出したのが、同じ岩手の有名湯治場である花巻温泉郷 大沢温泉 湯治屋だ。あちらは旅館部と湯治部が分かれており、湯治部であっても清潔感があり売店も充実している。湯治宿の初心者には間違いなく大沢温泉を勧めるだろう。対してここ元湯夏油は、旅館部ですら大沢温泉の湯治部と同等の年季の入り方(ボロさ)を感じさせる。この飾らなさを受け入れられるかどうかが、夏油を楽しむための分水嶺になる。

日本最多級の足元自噴泉と、47℃の衝撃
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ハード面の無骨さを補って余りあるのが、圧倒的な湯の力だ。元湯夏油には1つの宿に7つもの源泉があり、そのうち5つが足元自噴泉である。1つの宿でこれほどの数の足元自噴泉を楽しめる場所は、全国でも最多ではないだろうか。

だが、そのパワーは生半可ではない。中には47℃という猛烈な温度の源泉もあり、流石の私も熱すぎて入ることができなかった。自然そのままの温度で湧き出す湯の厳しさと、本物の温泉が持つ効能の違いを、まさに肌で感じた瞬間だった。

川沿いに点在する露天風呂では、意外な光景にも出会った。外国人観光客が、熱い温泉と冷たい川の水を交互に行き来し、温冷交代浴を謳歌していたのだ。古くからの湯治文化が、国境を超えてダイナミックに楽しまれている様子は、実に興味深い風景だった。

瓶入り牛乳

温泉に入った後は、恒例の瓶入り牛乳を頂いた。

想像を裏切る豪華な食事のギャップ
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夕食1

建物の刑務所のような無骨さから、食事も簡素な一汁一菜を想像していたが、これは良い意味で裏切られた。 元湯夏油には自炊湯治のイメージが強いが、食事付きプランで提供される料理は、湯治宿としては驚くほど豪華。

夕食2

このハード面とソフト面のギャップこそが、宿泊して初めてわかるこの宿の懐の深さだと言える。

朝食

朝食も、しっかりと重箱に入れられて、温泉たまご・納豆・焼きのりが付いた和食であった。

総括:観光を捨て、ただ癒しに身を委ねる
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滞在を通して再認識したのは、温泉宿の周りには何もなくていいということだ。 観光地を巡る必要などない。良いお湯に浸かり、美味しい食事を摂り、あとは泥のように眠る。疲れを癒すには、それだけで十分なのだ。

アクセスの難易度、予約のハラハラ感、そしてストイックな建物。すべてをひっくるめて、ここは秘境と呼ぶにふさわしい。もしあなたが、雑音を排して真の湯と向き合いたいなら、この崖下の迷宮は最高のリセット場所になるはずだ。

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