日本三名湯の一つに数えられる下呂温泉。その名声は全国に轟いているが、今回の私の滞在は、観光地としての華やかさを追い求めるものではなく、あくまで旅の行程に合わせた実利的なものとなった。
高台の古宿「みのり荘」での滞在 #
宿泊先に選んだのは、温泉街の中心部から坂を上がった高台に位置する「みのり荘」である。ここを選んだ最大の理由は、宿泊直前でも空室があったという点に尽きる。旅の途上では、時としてこうした即物的な選択が宿泊先を決める。
夜に到着した宿の建物には、かなりの年季を感じた。通された部屋も、お世辞にも「良い部屋」と言える類のものではなく、特に水回りの古さが目についたのが印象に残っている。温泉街の高台という立地から、本来であれば下呂の街並みを見下ろす眺望が期待できるはずだが、夜の到着、そして翌朝も早い出発というスケジュールだったため、景色を堪能する余裕はなかった。
しかし、こうした「古い宿の、古びた部屋」で過ごす一夜もまた、温泉地巡りという旅の一側面である。名湯という言葉から連想される煌びやかなイメージとは裏腹に、時の経過を感じさせる空間に身を置くことで、観光地としての表層ではない、下呂の日常に近い部分に触れたような気がした。
「白鷺乃湯」に集う意外な層 #
宿泊とは別に、共同浴場の「白鷺乃湯」も訪れた。大正ロマンを彷彿とさせる洋風の白い建物は下呂のシンボルの一つであり、ここを訪れることは踏破において欠かせないプロセスであった。
浴室内に入って意外に感じたのは、その客層の広さである。共同浴場といえば地元の方々や年配の観光客が静かに湯に浸かっているイメージを抱きがちだが、ここでは老若男女を問わず、多くの人々が訪れていた。特に、若いグループ客が連れ立って入浴している姿が目立ち、伝統的な共同浴場が幅広い世代に受け入れられている現状を目の当たりにした。
憧れの名建築「湯之島館」を仰ぎ見る #
今回の滞在で、もう一つ心に残った風景がある。宿泊は叶わなかったが、同じ高台に佇む「湯之島館」の外観を眺めたことだ。
昭和初期の建築美を今に伝えるその威風堂々とした佇まいは、下呂温泉の歴史の深さを象徴している。山あいに溶け込むように建つ重厚な木造建築を前にすると、そこが特別な場所であることが一目で理解できた。名高い高級旅館であり、いつかはこの宿に泊まり、その空間の一部となって下呂の湯をじっくりと味わってみたい——。そう思わせるだけの圧倒的な存在感が、そこにはあった。
踏破という旅の等身大の記録 #
下呂の泉質については、正直なところ今となっては明確な記憶として残っていない。それは個性が欠けていたということではなく、むしろ「日本三名湯」という先入観が求める刺激に対し、湯が極めて穏やかで、違和感なく肌に馴染むものだったからだろう。
直前の予約で辿り着いた古宿での一晩、賑わう共同浴場の雑踏、そして遠くから仰ぎ見た名建築。それらが混ざり合った飾り気のない滞在こそが、私の下呂温泉におけるリアルな「踏破」の記録となった。