四国を代表する温泉街——道後温泉(愛媛県松山市)
目次
二度訪れた道後温泉と最初の失敗体験 #
筆者が道後温泉を訪れたのは二度ある。最初は東京からサンライズ瀬戸を使って四国を巡る旅の途中で、もう一度は関西からのロングドライブで道後温泉を目指した。どちらも宿泊ではなく、日帰りでの温泉利用であった。
特に印象的だったのは、1回目の訪問時だ。コロナ禍の外出自粛が緩和された初の大型連休、つまりゴールデンウィークであり、人々の移動にようやく明るさが戻りつつあった時期だった。朝早くに道後温泉本館へ向かったところ、すでに整理券が配られており、なんと5時間待ちという案内が出ていた。筆者と同様に、日帰りで訪れた観光客たちはその場で断念して去っていった。その待ち時間は、実質的に道後温泉に宿泊している者でなければ耐えられない長さであった。
本館の代替として選んだ椿の湯 #
そこで代替候補として検討したのが、「飛鳥乃湯」と「椿の湯」である。飛鳥乃湯は現代アート的な外観・内装が強く、筆者には風情がやや薄れて感じられた。加えて、以前に読んだ温泉専門家の著書において「本館は観光客向けに特化し、塩素消毒が強め。一方、椿の湯は比較的塩素臭が少なく、地元の人々はこちらを好んで利用している」と紹介されていたことを思い出した。
その記述に背中を押され、筆者は椿の湯を選んだ。実際、椿の湯の入口には観光客の姿も見られたが、飛鳥乃湯ほどの混雑感はなかった。建物は大型で清潔感があり、広いエントランスを抜けて受付・脱衣所・浴場へと進む。内部も丁寧に整備されており、温泉は無加温・無加水の源泉掛け流し。もちろん消毒はされているはずだが、塩素臭が鼻を突くようなことはなく、気持ちよく湯に浸かることができた。
椿の湯に見出した道後温泉のもう一つの本質 #
道後温泉というと、多くの人が本館の風格や歴史に注目する。しかし、その陰にある椿の湯は、観光地然とした賑わいから一歩退いた場所で、地元民にも愛される温泉文化の側面を垣間見ることができる存在である。広々とした湯船、静かな空気感、そして余計な装飾のないシンプルな施設設計は、遠方から訪れる旅人の疲れを癒すには十分すぎるものだった。
「有名な本館に入れなかったから妥協した」と言えばそれまでかもしれない。しかし、筆者にとっては、むしろ椿の湯こそが、道後温泉の“もうひとつの本質”を感じさせてくれる場所だった。
再訪への思い #
次に道後温泉を訪れる機会があれば、もちろん本館にも入りたいという思いはあるが、再び椿の湯を訪れても良いと感じている。有名施設の陰に控えつつ、確かな癒しを与えてくれるこの場所に、筆者は素朴な魅力を見出している。