陸奥湾の穏やかな海を望む青森の奥座敷、浅虫温泉。駅前の近代的な施設を通り過ぎ、一歩路地へと踏み入れば、そこには古き良き温泉街の静謐な時間が流れている。今回は、歴史を刻む旅館「辰巳館」と、地元の生活が息づく共同浴場「松の湯」という、浅虫の二つの顔を「踏破」した。
老舗「辰巳館」が放つ木造建築の重厚感 #

まず訪れた「辰巳館」で印象的だったのは、その素晴らしい建築様式である。近年の建物にはない木造の重厚感が漂い、館内に一歩足を踏み入れるだけで、この温泉地が積み重ねてきた時の厚みを感じさせてくれる。
内湯は広々とした造りであったが、運良く他の入浴客が入れ替わりで出ていったため、この贅沢な空間をほぼ独占状態で楽しむことができた。露天風呂は内湯に比べると手狭で、すぐ外を通る道路の喧騒がわずかに耳に届くものの、男性であればさほど気にならないレベルだろう。むしろ、その近さが温泉街の日常と背中合わせであることを実感させ、旅情を誘う。
「松の湯」の熱き透明湯との対話 #
続いて訪れた「松の湯」は、辰巳館とは対照的な、極めて素朴な共同浴場である。浴槽は地元の公衆浴場らしい手狭な造りだが、そこには加水や循環を最小限に抑えたような、無色透明の鮮やかな湯が満ちていた。
ここでも幸運なことに貸切状態であったが、お湯は非常に熱く、長時間の入浴は困難なほどであった。しかし、他に客がいないことを幸いに、熱い湯に身を沈めては湯船の縁で涼み、また湯に浸かるという動作を繰り返した。静寂の中で自らの鼓動と湯の流れる音だけを聞き、ただひたすらに熱い湯と対話する時間は、大型施設では決して味わえない至福のひとときであった。
観光客にこそ歩いてほしい路地裏の魅力 #
「松の湯」の周辺には、浅虫温泉の奥深い魅力が凝縮されている。飲泉所では新鮮な源泉を口にすることができ、さらに温泉たまごを自ら茹でることができる場所も設置されている。
こうしたスポットは、駅周辺の賑わいだけを見て帰ってしまう観光客にはなかなか気づかれないかもしれない。しかし、共同浴場の熱い湯に浸かり、湯上がりに温泉たまごを待ちながら街の空気に触れることこそが、浅虫温泉の真髄であると感じた。地元客が守り続けてきたこの素朴な界隈へ、より多くの旅人が足を伸ばし、その情緒を肌で感じてほしいと願わずにはいられない。
総括:浅虫の熱と歴史に触れて #
浅虫の湯は、さらりとした透明な見た目とは裏腹に、身体の芯をしっかりと捉える確かな熱を持っていた。辰巳館の重厚な佇まいと、松の湯の飾らない日常。二つの異なる湯船を巡ることで、浅虫温泉という街が持つ多層的な魅力を「踏破」することができた。海を望むだけではない、この街の「熱」は、今も肌の奥に心地よく残っている。